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zoom RSS 宮本輝の近作「三十光年の星たち」を読了

<<   作成日時 : 2012/10/18 20:07   >>

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2010年の1月1日から12月31日まで毎日新聞朝刊に連載され、昨年3月に単行本(上・下)が発刊された宮本輝氏の小説「三十光年の星たち」を先日読了した。上下2巻を10日ほどで読み終えたは遅読の私にしては異例のスピードだ。

この小説は、京都に住む30歳の青年・坪木仁志が隣に住む75歳の佐伯平蔵から借りた120万円の借金の返済のめどが立たず、困っていたところ、佐伯からお金を借りていて返済が滞っている女性への取立ての旅の運転手として佐伯に雇われる。運転手としての日当分を借金から差し引いていくというのだ。こうして、仁志と佐伯の「取り立て」旅行が始まる。

この作品も近年の宮本作品と同じく、年月のもつ重みというか、歳月を重ねることでしかなしえないことがたくさんあるのだ、ということが中心テーマとなっている。この作品の前作「三千枚の金貨」は未読なのでなんともいえないが、その前の作品「骸骨ビルの庭」よりも作品として完成度が高いという印象だ。登場人物を仁志と佐伯に絞り込んだこと、二人の周囲の人物は数人登場するが、人物像がしっかり描かれており、物語との関連がきちんとある。多少説教臭はあるが、それほどではなく、物語の面白さでぐいぐい読ませていくという、本来の宮本輝の良さが発揮されている。往年の宮本輝ファンにはうれしい作品ではないかと思う。

この小説が訴えてくるところは幾つもある。私なりに感じた点を書いてみたい。
まず、1つのことを続けるということのすごさである。徹するといってもいいだろうか。それによって初めて見えてくるものがある。特に職人の世界はそうだろうが、それ以外でも、仕事というものはそうだろう。そして、受身的にではなく、自らすすんで行なったことだけが自分のものになる。
次に、何を自分の仕事にするのかということだ。これはこの小説の直接のテーマではないかもしれないが、この小説を読みながらずうっと考えていた。自分を生かせる仕事、そしてそれによって社会に価値をもたらせる仕事…、漠然とそんなことを考えた。そしてお金のこと。お金というものがいかに人を狂わせるか、お金との対し方にその人の人となりが出てくるということ。
誠実に、懸命に生きるということのすがすがしさ。これも宮本輝作品の持つ美点だが、これが久しぶりに表れている気がして嬉しかった。
人間をある1つのことだけで決め付けないということ、虚心に相手と接していったときに相手の本来の姿が見えてくること。心根のきれいな人には同じく心根のきれいな人が集まってくること、など。

宮本輝作品には悪人が登場しないという批判があるようだが、これは師匠(?)の井上靖譲りなのかもしれない。でもそんなことはたいしたことではい。作品がいいか悪いかが大事なのだ。

そして、なんといっても、「働いて働いて働き抜くんだ。これ以上は働けないってところまで」働くことで自分を磨くことができるんだという一節は作者の実体験から導き出されたものではないかと思われ、深く感じるところがあった。
佐伯と社長とのエピソード、佐伯の壮絶な体験、仁志と父との確執、佐伯からお金を借りて商売を始め、軌道に乗せた女性とうまく行かない女性のそれぞれのエピソード、等々、どれも示唆に富んでいて味わい深い。

9月にも、5年間連載していた「水のかたち」が刊行されるなど、倦むことなく作品を書き続けている宮本氏の粘り強さ,に自分も続いていきたい。そのためには自分を信じるということが大事なのではないかと思う。
小説のストーリーはほとんど書かなかったが、これから読む人のためにそのほうがいいと思う。

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