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zoom RSS カフカの代表作「審判」を読了。傑作!

<<   作成日時 : 2013/07/20 22:51   >>

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4月初めから読んでいたフランツ・カフカの小説「審判」(原題:Der Prozess、原田義人訳、新潮文庫)を先日読み終えた。昨年読んだ「城」に続いてのカフカ作品。よく理解できたとはいえないが、不思議と惹きつけられる。

カフカ(1883−1924)は現在のチェコ・プラハのユダヤ人家庭に生まれ、ドイツ語で作品を書いた。「審判」は1914年から15年にかけて執筆され、彼の死後、友人の手によって公刊された。彼が生れた当時はオーストリア・ハンガリー帝国であり、ドイツの作家というのはちょっと違うようだ。広く言えばドイツの作家ということになるかもしれないが。

昨年、「城」を読んだときは、ほとんどはじめてカフカを読んだに等しかった(学生時代に「変身」は読んでいるが、それ以来三十数年ぶりのカフカだった)が、今回は「城」を読んだ後なので、それほど戸惑いはなかった。「審判」でも主人公が不条理な状況に置かれ、そこからの脱出を試みようとするが、うまくいかない、というところは共通している。

「審判」の主人公は、ヨーゼフ・Kという30歳の銀行の業務主任、独身。ある朝、Kの部屋を2人の見知らぬ男が訪れ、Kを逮捕し、取調べを行う。「誰かがヨーゼフ・Kを誹謗したにちがいなかった。なぜなら、何もわるいことをしなかったのに、ある朝、逮捕されたからである。」という書き出しからこの小説は始まるが、Kがなぜ逮捕されたのかは最後までわからない。

「審判」は、Kの逮捕・取調べ、日曜日に審理に呼び出されること、審理の様子、その翌週、ふたたびその場所を訪れ、最初のときに案内してくれた若い女と親しくなったり、女のアパートの屋根裏が裁判所の事務局になっていること(このあたりの描写はかなり特異だ)までが前半。後半は、Kの叔父が訴訟のことを聞きつけてKの銀行までやってきて、知り合いの弁護士フルトの家へ連れて行き、Kの弁護を頼むが、Kは弁護士の家の女中のレーニに惚れて肉体関係を持ったりする。その後、Kの顧客の工場主の紹介で、裁判官の肖像画を描いている画家のティトレリの家を訪れ、裁判に対して3つの道があることを聴かされる。弁護士に弁護を頼むことをやめようと思ってフルトの家を訪れると、商人ブロックがおり、彼の前で弁護士は尊大な態度を見せる。ラストは、銀行を訪れたイタリア人に街の案内をするように仰せつかったKは伽藍でイタリア人を待つがイタリア人は訪れず、伽藍に入ったKは教誨師と対話をする。その中で「掟の門」のエピソードが語られる。そして、Kの31歳の誕生日の前夜、2人の紳士が訪れ、Kを外に連れ出し…。

こうして、ざっとあらすじを書いてもほとんど意味をなさないかもしれない。ストーリーをたどるという小説ではない。登場人物の心理描写を楽しむという小説でもない。まったく独特の、ユニークな小説で、カフカにしか書けない小説であろう。

この小説でカフカは何が言いたかったのだろうか。私にどこまで理解できたか自信がないが、感じたままに書いてみたい。
私たちの人生というものは、自分で決めて、そうなる部分(Kが銀行に入社したこと)もあるが、自分のあずかり知らないところで決まり、動いていくことがある。「審判」で、Kが逮捕されたのも、自分はまったく身に憶えのないことだった。この小説では、Kが支店長代理をライバル視していることが繰り返し描かれる。といって、支店長代理がKを誹謗したとは考えにくいが、誰かが訴えなければ逮捕されることはないわけで、Kのことを憎んでいる人物がいたことは確かだ。そう考えると不気味なものがある。自分では誰にも恨まれるようなことはした積もりがなくても、自分のことを恨んでいる人がいるかもしれないのだ。そして、一度、訴訟の当事者になってしまえば、自分の潔白は自分の手で証明することはほとんどできず、弁護士の手に委ねるしかなく、最終的には、有罪かどうかの決定は裁判官がすべて握っている。「審判」でも、弁護士や画家が裁判や裁判官のことを語る場面が度々登場するが、一旦、裁判という場に巻き込まれた人間は自分の未来がどうなるかを如何ともしがたいということが読んでいて迫ってくる。これは何も裁判だけではないだろう。漠然とした不安とでも言えばいいのか。うまく表現できないが、まさに現代に通ずるテーマを描いているからこそ、カフカを20世紀を代表する作家の1人と言うようになったのだろう。

この小説は、カフカの他の作品同様、未完で、付随する断片もある。三大長編のうち、これで「城」と「審判」を読んだわけだが、残る「失踪者」(「アメリカ」)もいつか読んでみたい。「城」はミヒャエル・ハネケが、「審判」は「市民ケーン」のオーソン・ウェルズが1962年に映画化している。見てみたいような、見たくないような(原作のイメージが壊れる?)気分だが…。

あと、面白いなと思ったのは、カフカの描く女性たちだ。「城」でも女性たちと主人公の関係が主人公の人生に大きな影響を与えるが、「審判」でも女性の描き方はかなり屈折しており、女性賛美とは言い難い。どこかに意地悪なところが感じられる。カフカ自身が女性に苦い目に遭わされているからだろうか。

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